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井上ひさし、樋口陽一「日本国憲法」を読み直す』岩波現代文庫、2014年(講談社文庫、1997年)

 日本を代表する小説家と憲法学者が、1993年に行なった対談集。内容は読みやすく、全く古びていない。二人の議論は、二つの柱に基づいて展開される。

 第一の柱は、日本国憲法に込められた「立憲主義」の精神である。日本国憲法は、フランス人権宣言、アメリカ独立宣言などの立憲主義の伝統を継承し、何よりも個人を大切にする。憲法は、日本に住む一人ひとりの個人を守るために、その尊厳を踏みにじりかねない権力に対し、制限を設けているのである。ところで戦争においては、個人の尊厳が最も軽んじられる。第9条は「平和主義」の観点からのみ捉えられがちだが、その根底にあるのは、個人の尊厳や幸福を重んじる立憲主義の思想である、と二人は言う。

 第二の柱は、自民党による「解釈改憲」の歴史である。「憲法はもはや現実に合わないので変えるべきだ」という議論は、そもそも自民党が長年、憲法に違反する政策を積み重ねてきた歴史を忘れさせる。本書は、その歴史を比較憲法・比較文化の視点から検証することで、日本社会の問題点をあぶりだすのである。昭和初期の軍部の方針(「昭和維新」)を思わせる「平成維新」というスローガン。国際化に対応するために改憲が必要だとする論法。結論ありきのPKO派遣。日本独特の血統主義に基づく「外国人」差別の現状。従軍慰安婦問題に関する実証性を欠いた議論。ナチスや日本の軍国主義に関する当時の首相(竹下登)の軽い発言。タテマエを軽んじ、ホンネだけを丸出しにする文化。――「外」に対する緊張感を欠いた「戦後日本」のあり方に対する二人の分析は、そっくりそのまま日本の現在にオーバーラップして見える。必読の一冊。(T.T.)

 

 

 
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